TCGまいログカフェにようこそ! 第5話:冴えないデッキの鍛え方 Fes④

葉月&理葉「デュエル!!」

 

決闘用のテーブルを用意し、予め立てていたカメラを使って画面をプロジェクターに映す。

観客からは二人の背後にフィールドが見える状態になっている。

理葉さんが私や円華さんのいる方の舞台袖側、葉月ちゃんはその反対側だ。

理葉さんがコインを弾く。

コインは表。よって理葉さんの先攻だ。

理葉「私のターン。メインフェイズに入って成金ゴブリンを発動、葉月ちゃんのLPを1000回復して一枚ドローします。手札から閃刀機関-マルチロール発動。もうやりあってるからわかるでしょうけど…そうそう簡単には倒せると思わないでね?」

 

葉月「あたしも、ただでやられたわけじゃないもん。閃刀姫って基本中長期で立ち回るテーマだよね?短期戦からバーストかけるタイプじゃないでしょ?」

理葉「ふーん…それはどうかしら?手札から閃刀起動−エンゲージ発動!」

観客「エンゲージだぁぁぁ!!」

円華「姫はそう来ないとね。」

理葉「デッキから閃刀姫−レイをサーチし、通常召喚。レイでリンク、閃刀姫−カガリカガリの効果でエンゲージをサルベージ、再び発動、閃刀姫−ロゼをサーチ。カガリでリンク、閃刀姫−ハヤテ。手札のロゼの効果で特殊召喚。ハヤテとロゼでリンク召喚。

ーーー捕食植物 ヴェルデ・アナコンダ。皆さん、もうわかりますよね?」

観客「ぉぉおおおっ!!」

葉月「えええっ!?まさか閃刀姫で出すつもりなの?」


理葉「LPを2000払い、デッキから真紅眼融合を落として効果を適用!デッキから真紅眼の黒龍とブラック・マジシャンを墓地に送りーーー、」


観客「ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!」


私でも知っている。

遊戯王の現環境を握った最強といって差支えの無いモンスター。

20thレアの値段は軽く万を超えた驚愕のカード。

そして、理葉さんは静かにそのカードをフィールドに置いた。


理葉「超魔導竜騎士-ドラグーン・オブ・レッドアイズ。」

観客「ドラグーンだぁぁぁぁ!!」

観客「やっちまえーーー!」

観客「葉月美羽をねじ伏せろ!」

葉月「……!」

すぅ「すごい……!」

円華「閃刀姫はもう、中長期戦だけを戦えるテーマじゃない。いくらトップアイドルといえど、迎舞祭に突如乗り込むんだから、この位は踏み越えてもらわなきゃ。でしょ…?理葉。」

理葉「…私に付いたもうひとつの名前、もう知ってるよね?」

 

観客「神!神!神!神!」

 
葉月「えーっ…このキャンパスの神様だとでも?」

理葉「そうね……この瞬間だけは、それも悪くないかな。」

手を観客側に伸ばして、理葉さんは宣言した。

理葉「アイドルデュエリスト葉月美羽!!あなたのライブで神と呼ばれる私を突破して見せなさい!」

観客「おおおおおおお!」

観客「理葉さんが吠えた!!」

葉月「そっか……。」

 

ニッと少女は笑みを浮かべる。

身体を巡る高揚感を我慢することなく、理葉さんに指を突きつけ、葉月ちゃんも声高々に宣言する。

 

葉月「ふふーん!言われなくてもそうしてあげる!あなたが神様ならあたしはそれに反逆する堕天使なんだから!!みんなーっ!!いっくよー!」

観客「うおおおぉぉぉぉ!」

 

ホールだけじゃない。

大学のフードコート、キャンパスの講義棟、そして放送が流れる外部までもが、聴衆の歓声で振動していた。

こんなの、尋常じゃない。

 

円華「まぁ、僕らの大学も訓練されすぎなのは間違いないけどね……。」

すぅ「あ、やっぱりですか?」

 

大学って怖いなぁ…。

 

理葉「エンドフェイズにマルチロールの効果でエンゲージをセット。これでターン終了よ。」

すぅ「メインモンスターゾーンにモンスターが居ないことが閃刀魔法カードの発動条件だけど……。」

円華「それを無視できる程度にはドラグーンはおかしいからね。さ、葉月ちゃんはどうするかな?」

 

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葉月「それじゃあ、あたしのターン!ドロー!」

 

1ターンに1度、ドラグーンは魔法、罠、モンスターの効果を無効にしてしまう。対象にとることもできず、効果で破壊することすら出来ない。突破するのであれば少なくとも手札2枚は必要になる、と言われるようなカードだ。

 

葉月「あたしは、手札から堕天使イシュタムの効果を発動!堕天使イシュタムと堕天使テスカトリポカを墓地に送って2枚ドロー!」

理葉「開幕で手札交換…。」

葉月「通常召喚!トリックスター・キャンディナ!召喚時の効果でデッキからトリックスターをサーチよ!」

理葉「…手札からエフェクト・ヴェーラーを発動。その効果を無効にします!」

葉月「速攻魔法!墓穴の指名者!ヴェーラーを除外して次のターンのエンドフェイズまで効果を無効にするわ!」

すぅ「墓穴の指名者…!」

円華「理葉が入れさせたカードだね。」

理葉「ドラグーンを使うべき…?うーん、明確な除去に繋がるまではやめた方がいいか…。」

観客「葉月美羽が墓穴の指名者まで採用だと…、あのアイドル本格的に勝ちに来てやがるぞ!」

葉月「手札に加えるのはトリックスター・キャロベイン!」

理葉「狙いはキャロベインのパンプアップ…。」

葉月「そのとーり!あたしが高打点対処の手段を入れないわけないじゃない!キャロベインの効果を使えばキャンディナは攻撃力3600になる!そうすればドラグーンを上から殴り倒せるわ!」

 
殴り倒すとか平然と言うアイドルってどうなんだろう。

アイドル(物理)ということなのかな…。

 

葉月「バトルフェイズ!トリックスター・キャンディナでドラグーンに攻撃!ダメージ計算時!キャロベインを手札から墓地に送って効果発動!!キャンディナの元々の攻撃力分、1800の攻撃力アップ!」

理葉「手札から閃刀術式-アフターバーナーを捨ててドラグーンの効果!キャロベインの効果を無効!攻撃力は上昇せずに返り討ちです!」

葉月「いたーい!」

 

理葉さんが成金ゴブリンを使ったこともあり、葉月ちゃんはLP9000から1200のダメージを受けたことになる。残りLPは7800。

 

葉月「でもこれでドラグーンは効果を使ってくれた…ならあとは好きに動けるよね!」

理葉「…!」

 

遊戯王は手札の枚数が単純に動ける回数に直結するといっても過言じゃない。今ので葉月ちゃんは召喚権と二枚の手札を使い切ったけど、残り手札は4枚。まだ動くことができる。


葉月「カードを1枚伏せて…と、今からあたしの新しいカードを使うよ!手札からEMポップアップ発動!発動時のコストとして、2枚目のEMポップアップ、スペルビアを墓地に送るわ!送った枚数デッキからドロー!」

理葉「けど、そのカードにはデメリットがある。ドローした後、持ってる手札の枚数分、LPを失う。つまり2000のLPを失うわ。」

 

残りライフは5800だ。

 

葉月「そうだね…すごく損失は馬鹿にならないけど、堕天使デッキでLPなんて気にする訳ないじゃない!

ライブはあたしが力尽きるまで終わらないわ!堕天使の追放を発動!デッキから堕天使の戒壇をサーチ!そして発動!」

理葉「スペルビアが…!」

葉月「そうよ!蘇生するのは堕天使スペルビア!スペルビアの効果で堕天使イシュタム!イシュタムの効果で戒壇をコピー!そしてテスカトリポカを蘇生!」

理葉「堕天使が3体…。」

葉月「テスカトリポカの効果!追放をコピー!デッキから背徳の堕天使をサーチ!」

理葉「まずい、伏せたエンゲージを…!」

葉月「そんなアホみたいにアド稼ぐカード残すわけないでしょ!スペルビアとテスカトリポカでリンク召喚!失落の堕天使!」

円華「でも、葉月ちゃんの残りライフは既に3800。下手をすると本当に飛ぶよ?」

葉月「まだまだいくよー!背徳を捨てて失落の効果!手札に加えるのは…堕天使イシュタム!そして……星遺物を継ぐものを発動!もう1回スペルビア!そしてキャロベインを釣り上げ!この2体でリンク召喚!I:P マスカレーナ!そしてこのまま失楽の堕天使とマスカレーナでリンク!双穹の騎士 アストラム!!これであたしはターンエンドよ!」

円華「相手ターン中にリンクもできたけど、妨害が飛んでこない状態で出す方が重要と踏んできたか…。」

理葉「場には不明な伏せカードが一枚、対象にとられず、効果破壊されないアストラム、そしてテスカが背徳をコピーして一枚盤面破壊かぁ…、やってくれたわね。」

葉月「いったでしょ?利子付けて返してあげるって。それと、エンゲージは少なくともドラグーンがモンスターゾーンにいる間は使えないけど、どうするつもり?」

 

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理葉「そんなの…引いてから考える、でしょ。私のターン、ドロー!

…ほら引けた。手札から、精神操作を発動!対象はテスカトリポカ!」

葉月「コントロール奪取!?―――っ!テスカトリポカ効果!LPを1000払って背徳の堕天使を適用!!」

理葉「させるわけないでしょ?ドラグーンの効果!手札からジャミングウェーブを捨てて、テスカトリポカの効果を無効、そして破壊!ドラグーンの攻撃力は1000上昇!」

観客「いいぞ!このまま潰せ!」

観客「流石ドラグーンだ!」

観客「環境カードに勝てるわけないだろ!」

葉月「…キッツイなーもう!」

理葉「でも、これで効果使い切っちゃったな。…ドラグーンとアナコンダでリンク召喚、神聖魔皇后セレーネ。リンク召喚成功時の効果。お互いの墓地の魔法カードの枚数分このカードに魔力カウンターを置く。全部で8枚、よってカウンターは8個。そして…残念ながら発動は阻止できなかったわね。閃刀起動-エンゲージ発動!」

観客「エンゲージ再始動だああああああ!」

理葉「効果で閃刀姫-レイをサーチ。そして…墓地には魔法カードが三枚以上!よって一枚ドロー!」

葉月「まだだよ!伏せカードオープン!トリックスター・リンカーネイション!手札に加えたレイを除外するわ!」

理葉「…いい読みね。レイを潰してくるなんて。でも運が悪かったわね!手札から速攻魔法、閃刀機-ホーネットビット!トークンでリンクしてハヤテ!そしてセレーネの効果!カウンターを三つ取り除いて墓地の魔法使い族を守備表示で特殊召喚する!…蘇生対象はもうわかってますよね?」

観客「ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!ドラグーン!」

葉月「冗談きつすぎでしょ…!」

 

あれだけふざけた効果を持ってて蘇生も簡単にできるなんて…!

 

理葉「二回目の登場よ!超魔導竜騎士-ドラグーン・オブ・レッドアイズ!」

 

凄まじい歓声が轟く。

圧倒的制圧性能を誇るモンスターで攻め立てる理葉さん。

葉月ちゃんはそれでもなお食らいつこうと必死だ。

 

理葉「まだ終わらないわ。セレーネとGでリンク、リンク4、アクセスコード・トーカー!召喚成功時の効果で墓地のセレーネを選択、攻撃力はリンクマーカー1つに対して1000上昇、セレーネのリンクは3つ、よって5300!」

円華「さて、葉月ちゃんはしのぎ切れるかな?」

理葉「バトルフェイズ!アクセスコード・トーカーでアストラムを攻撃するわ!」

葉月「ダメージ計算時にアストラムの効果で…!」

理葉「手札から無限泡影をすててドラグーンの効果、アストラムの効果を無効にするわ。」

葉月「そんな…名称ターン1じゃないなんて!」

理葉「アストラムを戦闘破壊!ダメージは2300!」

葉月「きゃあああああ!」

理葉「これで残りLPは500!そして、相手のEXモンスターゾーンからアストラムが離れたことで墓地のロゼの効果!自身を攻撃表示で特殊召喚!」

葉月「それにチェーンする形で墓地のアストラムの効果!相手によって墓地に送られたことで相手のフィールドのカード1枚をバウンス!バウンスするのは…、ドラグーン!」

理葉「ロゼでダイレクトアタック!これで終わり!!」

葉月「墓地のリンカーネイション効果!キャロベインを攻撃表示で蘇生!」

理葉「追撃は躱したみたいね…。でもカードなんて残させないわ。アクセスコード・トーカーの効果!セレーネを除外してキャロベインを破壊!ロゼでリンク、シズクにするわ…。そしてエンドフィズ!マルチロールの効果でホーネットビットをセット、シズクの効果でウィドウ・アンカーをサーチ!残りライフは500。正真正銘、これがあなたのラストターンよ。」

観客「おおおおおっ!!!」

 

残りLPは500。

このLPではもう堕天使モンスターのコピー効果も使えない。

 

すぅ「葉月ちゃん…。」

円華「万事休す…かな?」

 

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けど…ステージ上の少女は絶望の表情も浮かべてはいなかった。

それどころか、心底楽しそうな表情をしている。

 

理葉「…?」

葉月「ちょっとだけライブを初めてやった時の気持ち、思い出せたんだ。こんな風に絶体絶命まで追い込まれて…でも、不思議といやな気分じゃなかったんだよねー。」

理葉「何が言いたいのか分かんないんだけど。」

葉月「なら教えてあげる!今のあたしは!!すっごいワクワクしてるってこと!!!いっくよー!あたしのターン!ディスティニードロー!!!」

 

観客は彼女の声に応えるかの如く声を張り上げ、スポットライトもまたひっきりなしに走り回っていた。

 

葉月「手札からイシュタムとスペルビアを捨てて効果!2枚ドロー!……アイドルにはやっぱり舞台がないとダメだよね!トリックスター・ライトステージを発動!ヒヨスを手札に!そして2つ目の効果!ホーネットビットをエンドフェイズまで封印!」

理葉「ここでライトステージですって…!?」

葉月「手札から星遺物を継ぐ者を発動!リンク先…1個だけ空いてるよね?」

理葉「アクセスコードのリンク先を…!」

葉月「スペルビアを蘇生!スペルビアの効果で墓地から失楽の堕天使を蘇生!ヒヨスを捨てて失楽の効果!サーチするのは堕天使ルシフェル!失楽の堕天使の効果でアドバンス召喚のリリースコストを墓地のキャロベイン、イシュタムで肩代わりして除外!

お願い、あたしの為に堕天しなさい♪!!舞い降りて!堕天使ルシフェル!!」

理葉「この土壇場でルシフェル!!?」

葉月「ルシフェルの効果で相手フィールドの効果モンスターの数、デッキから堕天使をリクルート!イシュタムとテスカトリポカを特殊召喚!さあ、今あたしの場には5体の堕天使!ルシフェルの効果でデッキトップから5枚カードを墓地に送るよ!」

すぅ「葉月ちゃんのエンジェルリンク…こんなに動くんだ…。」

葉月「1枚目!宣告者の神巫!

2枚目!トリックスター・キャンディナ!

3枚目!トリアス・ヒエラルキア

4枚目!堕天使スペルビア!

5枚目!―――魅惑の堕天使!堕天使カードは2枚!

よってLPは1000回復!」

理葉「魅惑の堕天使…!対象すら取らないコントロール奪取…!」

葉月「イシュタムの効果!コピーするのはとーぜん魅惑の堕天使!みんなー!おっまたせー!準備はいい!?アクセスコード・トーカーを―――!」

 

葉月ちゃんの号令に全ての観客が応えた。

 

観客「奪う!!!」

 

円華「驚いたよ…完全に観客と一体じゃないか…。」

 

あの子のライブはひたすらに観客を魅了する。

観客のために一心になって、がむしゃらに踊り、歌い、闘う。

だからこそのアイドルデュエリスト

突き進んだ結果心を摩耗させてしまったり、間違ってしまうかもしれないけど…それでもめげないのがあの子だ。 

私もあの子と触れ合って、そう感じた。

 

葉月「それじゃあここから先はファンサービス!失楽の堕天使をリリース!トリアス・ヒエラルキアの効果!墓地から特殊召喚!テスカトリポカとヒエラルキアでエクシーズ召喚!これがあたしのアポカリプス!真竜皇V.F.D.!!」

観客「VFDだあああああああ!」

観客「なんであんなのはいってんだああああ!!?」

観客「鬼!悪魔!小学生!」

 

理葉さんは茫然としている。てかやり過ぎでしょ!

 

円華「うわぁ…。」

葉月「奪ったアクセスコードの効果でマスカレーナを除外してまずは後ろのビットを破壊!そしてアストラムを除外してシズクを破壊!」

理葉「レイの効果で墓地から守備表示で蘇生、…だけどこれは無理…かな…。」

葉月「さあ、クライマックスよ!イシュタムでレイを攻撃!」

理葉「レイの効果!自身リリースでカイナをリンク召喚!カイナの効果でアクセスコード・トーカーの攻撃を封じます!」

葉月「けどバトルは続行!カイナに攻撃で1400ダメージ!VFDでダイレクトアタック!3000!」

理葉「こんなことが…。」

葉月「信じられないかもだけど、これがライブデュエルよ!!ステージにいる間は…、神様だって魅了してあげる!」

円華「悩殺と書いて神殺しってところかな…これは。」

すぅ「何も上手くないと思うんですけど…。」

 

小学生の悩殺ってそれただの事案では…。

 

葉月「堕天使ルシフェルでダイレクトアタック!それじゃ―――Live Finish!!!」

理葉「これが…アイドル―――!」

 

ピロロロロロ…ピッーーー!!!

 

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――――――――――

 

歓声と拍手の中、葉月ちゃんが尻もちをついた理葉さんの手を引く。

理葉さんが何とか立ち上がると、更に一際拍手は大きくなった。

 

そんな様を舞台裏から見る私たちは、ホールの中に広がる熱狂をひしひしと感じていた。

 

理葉「あっ…、」

 

緊張から解放されたのか理葉さんがよろめく。

 

葉月「。」

 

どっかで見覚えのあるような状態になっていた。

またも葉月ちゃんの頭は理葉さんの胸に埋もれている。

 

葉月「……(プルプル)」

すぅ「は、葉月ちゃん落ち着いて!」 

葉月「おねーさんの…ばかー!!」

 

会場はまたも爆笑の渦に飲まれていた。

 

理葉「ご、ごめんね…葉月ちゃん…。」

葉月「む~。」

 

すると葉月ちゃんはもう一度デッキを渡す。

 

理葉「え?」

葉月「一戦だけで終わるわけ…ないよね?」

 

意味を理解したのか理葉さんも表情が明るくなる。

 

理葉「ええ、さっきはドラグーンにこだわり過ぎだったし…そうね、今度はぐうの音も出ないくらい制圧してあげますから。」

 

そんな二人を見て観客たちはさらに歓声を上げていた。

 

映像「ははは…円華さん、本当に凄いですよ!誰も彼もがみんなモニターやホールに釘付けです!SNSでも大騒ぎですよ!」

円華「そうだね……。」

 

葉月ちゃんと理葉さんの凄まじい攻防にホールの観客は興奮していた。

少なくともこれで芸能人企画の崩壊による暴動は回避できたようだ。

出来たのに…何かが引っかかる。

円華さんの方を見る。

口元に手を抑え、同じように何かを考えている。

葉月ちゃんの代打は見事に観客の注目を奪ってみせた。

ありとあらゆる人が大教室や食堂、中庭に設置されたモニターに目を奪われている。

でも…目を奪う…奪う?

ふと、今までの言葉を思い出す。

 

ーーーその通り。普通、この手の活動が一回沈静化してしまうと再燃するには何かしらのきっかけが必要になる、言ってしまえば起爆剤が必要だーーーそうなると、不祥事以外の別の理由になるーーー

 
ーーー同感ですの。少人数なら学園祭に向けて殺傷沙汰を起こすと脅迫を送ってしまったほうが簡単ですわーーー

 
ーーー凄いですよ!誰も彼もがみんなモニターやホールに釘付けです!ーーー

 
…今までずっと、私たちは迎舞祭を中止にしようとすることが相手の目的だと思ってた。

 
けど、もし、もしも本当の目的が、迎舞祭を中止にすることではなかったら…?

 
今までの妨害活動が全て、『舞台に立った葉月美羽に来場者全ての目を向けさせること』だったら…?

 
来場者に不満を溜め込ませる事で、葉月ちゃんが登場した瞬間に不満を発散させるかの如く人々を集中させ、熱狂させてしまえば?

 
…そうなれば、迎舞大学は大量の人々を抱えながら、誰一人として葉月ちゃん以外を見ない異常な空間になる。

 
監視の目が無くなった空間。

もぬけの殻のブース。

アイドルに全てのリソースを裂かれる警備とスタッフ。

 

それなら、ブースに押し入るのは簡単だ。

 
…けど、まだ引っかかる。

仮にそうだとしたら、なんで相手は今日、葉月ちゃんが来ていることを知っていたんだろう?

 
それはここ最近のTCGまいログカフェの動向を把握している必要があるという事。

なら、なんで私たちはこの学園祭に招待されたの?

  


…最後の自問。

 

 
本当にこの迎舞祭で、いいえ、『迎舞祭を利用して狙われていた』のは……?

  
円華さんと目が合う。

 
すぅ「円華さーーー、」

 

そこから先の言葉は、もう必要なかった。

 
私のスマホの着信が、答えだった。

 

ロック「大変でござる!すぅ殿!ブースに!TCGまいログカフェのブースに変な連中が…!」

 
――――――――――

 

大歓声に包まれる会場の中で、円華さんと2人顔を合わせる。

 

葉月「ありがとー!」

 

理葉さんもぺこりと頭を下げている。

でも、私たちはすでにそんなことを気にしている状況ではなかった。

 

円華「…ロックさん、大丈夫なのかい!?ロックさん!」

すぅ「い、今の…どういうことですか…!」

 

しかし、すでにロックさんとの通話は途切れていて、通話終了の音だけが流れている。

 

すぅ「…円華さん。葉月ちゃんの事、お願いします。」

円華「すぅ君?」

 

舞台の上で光を浴びる彼女と理葉さんを目に焼き付ける。

そして…、

 

円華「すぅ君!待つんだ!」

 

私の体はすでに走り出していた。

ホールを出て階段を駆け降りようとする。

 

すぅ「なっ…!?」

 

人、人、人。

見渡す限りの人の波。

放送機から流れる葉月ちゃんの声に引かれ、有り得ないほどの人たちが集まっていた。

 

すぅ「通路が埋まってる…!」

 

けど、止まってる場合じゃない!

階段を駆け下りる。

 

すぅ「ごめんなさい!通ります!」

 

人を押しのけて進む。

このままじゃ時間がかかってしまう…なら!

バシャバシャバシャッ!

ホール前の池に足を勢いよく入れる。

服が濡れることなんてどうでもいい!

急がなきゃ!

池を抜けて校舎に走る。

校舎の自動ドアが開いた瞬間体をねじ込むようにして入る。

エスカレーターは校舎の反対側…登るなら階段を使うしかない…!

階段を一段飛ばしで駆け上がる。

二階から三階に差し掛かった。

けど、

 

すぅ「あっ…!」

 

数百メートルを全力疾走で往復するのは、運動不足気味の体には酷だった。

つまづき、階段に体を打ち付けてしまう。

痛みをこらえて、手すりを掴んで立ち上がる。

 

「………。」


男がいた。

何をするわけでもなく、じっと私を見ている。ピシッと伸びた上質そうな紺のスーツを見ているだけで少なくとも普通の人ではないとわかる。襟元には見慣れない形状の飾りがついていた。頭にはシルクハット。


カタン

男が一段階段を降りる。


カタン

男の表情は無表情のまま。


カタン

こちらをずっと見据えたまま。


カタン

一歩近づかれるだけで背筋が凍る。


カタン

目が離せない。


カタン

足が動くことを許さない。


カタン

震えることすら許されない。


カタン

もう…、目の前だ。


カタン

「………。」


時間にして1秒足らず。

男は何も言わずに、私の横を通り過ぎた。

そのまま階段を降りていくのが分かる。


すぅ「………。」


気がおかしくなりそうだった。

あんな風に目を向けられることが初めてだけど、恐怖で震えることすらできないなんて思わなかった。

葉月ちゃんが以前見せた無表情とは全く別。

彼女の表情が心をなくした人形の目なら、

彼は超然と人を見降ろす人間の目だったと思う。


すぅ「…行か…なきゃ…。」

 

ブースで何が起きてるかはわからない。

だけど、ここで止まってたらダメだ。

崩折れてしまいそうな体を手で叩き、階段を上る。

ブースに通じる廊下を走る。

そしてーーー、

 

まい「なんで……来たの……!」

 

教室にはまいとロックさんが倒れ伏し、シフォンが二人の男によって壁際に追い詰められていた。

 

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